餓えた虎に己が身体を食らわせ、その飢えを癒すを善行とす。
そんなもの、ただの自己満足だと思っていた。

実際のところ、飢えを満たしたのはどちらだったのか。
そんなの、当事者以外には永遠に分からないことだ。





彼と最初に会ったのは幾つの時だったろうか。

当時のあたしは、他人から見れば完全無欠のお子様で、彼は最初から大人だった。

だれだって一目見た瞬間見惚れる端整かつ人懐っこい目をした青年。

長く長く、腿の辺りまで伸ばした髪は彼の剣士としての力量をも知らしめるように、
歩く度ふぁさりと揺れては陽光を弾き。

片目を隠すように垂れた前髪の向こうからは、優しげな相貌を華やかに飾る
宝石のような青い瞳が柔らかな眼差しをくれた。

「どうしたんだい、お嬢ちゃん」

覚えてる。

忘れられる筈がない。

「お嬢ちゃんなんかじゃないわ! あたしはリナ! リナ=インバース!!」

背の低かったあたしに目線を合わせようとしたのか、背の高い体を屈めて
にっこりと笑って、手を差し伸べて。

子ども扱いに腹を立てて、大きなその手を払いのけて叫んだあたしに、
当時の彼はひたすら苦笑していたっけか。



そう。

今、あたしの前でしているのと、同じような表情で。







「そんなに急いで大人にならなくてもいいんだぞ」

耳に馴染んだ優しい声が、ありきたりの言葉を述べる。

そんなものに意味はない。

そんなもの、嬉しくなんかない。

あたしは、一秒でも早く大人になりたい。

あんたに見合うだけ女になりたい。

……だから、こうするの。






「ガウリイは、あたしのこと好きなんでしょ? あたしも、ガウリイの事が好き。
……だから、あたしから言うわ」

お願い、あたしを大人にして、と。

言い終えた瞬間、鋭く息を吸い込む音が聞こえた。
ああ、困惑を隠せないあんたが好きよ。

正直な心を見せてくれるガウリイが好きなのに、どうして今は必死になって
欲望を隠そうとするの?
きょろきょろ余所見なんてしないで、あたしを見て。
そうしてあなたの前にいるあたしの手を取ってくれればいいだけなのに、
どうしてそんなに途惑ってるの?

世間が許さないから?

良心が許さないから?

道徳が許さないから?

ね、え。

小難しい事を考えるより直感で本質を捕まえるのがあなたでしょ。

世間とか常識とか、そんなものに惑わされないで。

好き勝手な価値観を押し付けてくるばかりで、
あたし達に良いことなんて何にもしてはくれないのに。

「ずっと前から知ってたわ。 ガウリイが、あたしのことを好きでいてくれているって。
それも、親愛とか友愛じゃなくて、それが恋慕であり本能的な欲望を伴うものだってこと」

とさっ、と、ベッドの上に腰掛けて、まっすぐにガウリイを見た。
まったく彼らしくなく、真っ赤に染まった顔を手で隠そうとして失敗してる。

そうよ、首まで真っ赤に染め上げた愛しい美丈夫がここにいる。

あたしの、あたしだけの愛しい人。

大人のくせにこんなにも可愛らしいとこもあるなんて、あたしちっとも知らなかった。

「ちょ、リナ。お前さん……いや、あの、その、だなぁ」

あわあわと口ごもりながらこの状況を何とかしようともがいているけど、
あたしは捕獲の手を緩めるつもりなど毛頭ない。

「あたしも、ガウリイが好きなの。憧れのお兄さんとか、そういうんじゃなくて。
心から愛していて、どんな手段を使っても欲しいと思う一人の男性として、好きになった」

ひたりと、視線を合わせて言う。愛してるって気持ちを込めて。

なのに。

「……ありがとう、正直言って気持ちはすっげー嬉しい。嬉しいんだ、リナ。
だけどな、やっぱりオレが抱えているこの気持ちは、
今のお前さんに言っちゃいけないんだよ。
せめてもう少しリナが大人になってからじゃないと。
……不用意なまねをして後悔させたくないんだ」

そこは大人の意地なのかプライドなのか、彼らしく、大人としての立場を
考えての発言だったのだろうけど。

「だから、そんなのムダだって言ってるじゃない!」

あえてあたしは、煮え切らない態度に噛み付いてやる。
あたしの覚悟を舐めてかかってるなら、二度とそんな態度を取れないようにがっちりとね。

「だ、だけどな。実際問題としてオレがお前さんに手を出したらだな。
どうなるか判って言ってるのか?」

恐いぞ、痛いぞ、すっげー泣かせちまうぞ。
まるで『寝ないとお化けが来るぞ』レベルの脅しを掛けながら、
その実、怯えているのは彼の方だった。

やだ、ほんっと可愛い。いい年の男がどうして涙目になってんの?

「んーと、人間って意外と丈夫なのよ?」

とりあえずにっこり笑って言ってみたら、ガウリイはがっくりと肩を落として項垂れてしまって。

「……丈夫とかそういう問題じゃない。オレはな、山ほどいろんな可能性を持っている
お前さんの将来を摘み取るような真似はしたくないって言ってるんだ。
第一オレが今まで必死に隠してたもんがどんなものか、察しがついてるんなら……
やめとけ。物語みたいに綺麗なもんじゃねーんだぞ」

だから、リナがオレの事を好きでいてくれたって気持ちだけ貰っとく。
わしゃわしゃっと、あたしの頭を撫でた手を両手で捕まえて、
滑らせるように頬へと導いて、そのまま唇に触れさせて。

「あたしは、ガウリイとだったらどんなのでも嬉しいんだけど?」

太くて硬い指先をチロリと舐めて囁いてみた。
ガウリイの指って、ちょっぴりしょっぱい。
そのまま揃えた爪や指の腹を舌先でなぞり、一番長い一本を口に含んで舌を丸め、
口全体で包み込むようにして吸いあげると、頭上から
「ウッ」とも「クッ」とも聞こえる低い呻きが聞こえた。

性的なものを含んだ声が、ぶるりとあたしの身体を震わせる。

「んっ」

じっくりとガウリイの指をしゃぶってから、はふっ、と、甘い息と一緒に
指を解放してあげてから、改めてガウリイの顔を覗いてみた。

ダメだって言ってた割りに、気持ち良さそうにしてるじゃない。

「どこでこんなこと、覚えてきたんだよ……」

目の縁を真っ赤に染めたガウリイはほんのちょっぴり涙目モード。
だけど、纏う空気は少しずつ変化している。
優しいだけじゃない、力強さと無条件に寄りかかりたくなる包容力を備えた雄のものへと。

「覚えたんじゃないの、勉強したのよ」

頑張ったでしょ?と聞いてみたら、おう、と、嬉しそうな返事を貰えてホッとする。
呆れられたりしなくてよかった。






強硬攻撃をかけた理由は、確実にガウリイを篭絡したかったから。

彼は絶対的にあたしに甘い。
そりゃあもう、命のキケンでもない限りは過程はどうでも
最終的にはあたしの望みを叶えてくれるんだもん。

だけど、彼は立派に成熟した男の人。

禁欲状態のままずっと一人で我慢ばっかりしていたら、
そのうち何かの拍子にあっさり誰かに掻っ攫われるかもしれないじゃない。

最近の女は肉食系が多いし、あんたは女子供に無碍な扱いできないし。

薄幸そうな美人に付き合ってくれないと死ぬとかなんとか言われたらって
シチュエーションを想像したら、凄く怖い結末が浮かんだのよ。

だから、あたしはガウリイがあたしを好きでいてくれている間に、
あたしがあんたをこの手でしっかり捕まえなきゃって心を決めた。







あたしは、ガウリイにならどんな風にされてもいいの。

だけどね、一つだけ。

あたしのことが好きなのか、それともあたし位の年の童女がすきなのか、
どっちなのかだけ教えてよ。

どうしても引っかかっていた質問をしてみると
「動揺させるのも大概にしろ、リナだから好きに決まってるだろ!
大人の女だろうが年端も行かない赤ん坊だろうが他の女になんか興味ねー。
オレが欲しいのは、リナだ。リナだから、好きになって、
何をおいても大事にしたいと思うほど惚れた女だから、
お前さんが大人になるまで待とうって腹を括って、その日が来るのを待ってた。
たまにお前さんの前で醜態を晒しちまった事は認める。
けど、こんな風に手を出すつもりはなかったんだぞ!」
なんて、怒られてしまった。

「なのにお前さんはそんなモン飛び越えて、オレのことを好きだって言う。
オレはお前さんを抱きたい。キスしたい、触りたい、それでもいいのか?」

「うん、いいよ。あたし、先週大人になったし」

「おい、大人って、まさか!?」

「あのね……あの日が、きたの」

打ち明けるのは恥ずかしかったけど、これもすごく大切な事。
恋人としても、背中を預ける相棒としても。

「あ、あの……日。は、は、ははは、オレはてっきり・・・」

乾いた笑いが零れて落ちて。

「てっきり、なに?まさかあたしがあんた以外の男とそんなマネをするとでも?」

あからさまに不穏な空気を取り繕おうとしてるって、わかるんですけど?

「い、いやいやいやいや、思わん!!まかり間違ってもそんなこと思わんし、
万が一、そうだったら今すぐそいつを〆に行くにきまってんだろ!!」

声を荒げたあたしを抱きしめるガウリイ、その広い背に手を回して、
心の底から嬉しいと思うあたしも大概だ。



「まだまだ胸もぺたんこだし、殆ど毛も生えてない。
それでも、ガウリイはあたしに欲情してくれる?」

するりと腕をずらして太い首にすがりつくと、しないわけがないだろと囁かれて、
もう一度苦しい位に抱きしめられた。






「どうして、お前さんは……」

あたしを抱えたまま、何度も何度もうわごとのように呟くガウリイ。

今、彼の中で理性と本能がせめぎあっているはず。

あたしを大切にしたい気持ちと、欲望を満たしたいという欲求の狭間。

だけど気付いて。

その二つはもともと共存できるものなんだって。

あたし自身がそう望むなら、あなたが両方選んだって許されるんだって。

あたし自身を全部晒してもいいと思えたのは、ガウリイ、あんたにだけなんだから。







あたしのことが好きなのなら、お願い、ちゃんとキスをして。
それからしっかりと抱いて。ガウリイの本気を見せてよ。

このあたしにここまで勇気を振り絞らせといて、まだぐだぐだ迷うようなら
躊躇なくドラグ=スレイブぶちかますわよ?

ね、だからさ。

この先のあんたの人生全部をあたしにくれるのなら、
あたしがあんた色に染まったっていいんじゃない?

これこそまさしく等価交換。






恥ずかしさこそあれ、あたしの中に迷いはなかった。

両手を突っ張って触れ合っていた身体を離す。

あたし達の間に割り込む空気に冷たさに寂しさを感じたけれど、
これからすることのためには必要だもの。

二人だけの空間で、向かい合って互いの服に手を掛ける。

肌を冷やそうとする空気に抗うように、身体の内側からどんどん熱くなっていく。

一糸纏わぬ素肌を晒して、誘惑するために少しだけ脚を広げた。

目の前にはごくりと喉を鳴らす黄金色の獣の姿。



喰らえばいいのよ、本能のままに。

思うままに貪れば、確実にあんたは欲しいものを手に入れられる。

そしてそれは、あたしも同じ。




まっすぐに伸びてきた手を取って、どうしても消えてくれない
恥ずかしさを堪えて胸の上に導いた。

まだまだ成長の余地がある……と信じたい、自分自身の膨らみに
ガウリイの手を触れさせれば、最初は恐る恐る、それから
ふにふにと指先で優しく感触を確かめるように触れてきて。

やがて、的確にあたしの弱い場所を探るために動き出した。

「リナ…リナ・・・」

熱っぽい囁きと熱い吐息を吹き込まれて、全身が熱く震えて昂っていく。

汗ばむ掌をぎゅっと握った。

彼の背中に回して、必死で彼のシャツを掴んだ。



あたしはもう、これ以上背伸びしなくてもいいのね。

ガウリイの手の中で啼いて、育って、ガウリイの前で何も隠さず全てを晒して咲き乱れて、
何もかも全部ひっくるめてガウリイのものになるの、なりたいの。



「・・・ね、ぇ。大人になっても、捨てちゃイヤよ」

「ばか、じーちゃんばーちゃんになっても一緒にいるんだろ!」

力強く重なる唇は柔らかくて、熱くて、そしてとっても甘くって。

まるでケダモノのような熱烈なキスを貰って、あたしはただただされるがままに。

まともに応えるなんてまだ無理だけど、ガウリイが教えてくれることは
全部余さず覚えていきたいから。

全身を駆け巡る痺れるような快感と幸福に酔いしれて、あたしはガウリイの胸に縋りついた。